音楽という生き方。
- Aine Fujioka
- 5 日前
- 読了時間: 3分
なぜこんなしちめんどくさいことを考えて、シェアして、コミュニティ形成までしようとしているのか、と聞かれた。
なぜと聞かれても、自分が人生を進むにあたり、こうでもしないと自分がこの世界で何をしているのか理解も出来ないし、このまま生きていけるとも思えなかったからである。
ただ知識を蓄えるということも、ただスキルを上げるということも、自分には続かなくて、周りと比べては自信を失った。身体も心のバランスも取れずに病気になっていたところから、ヨガや東洋医学の考え方を知り、取り入れ始めたこと、物事の見方は1つに限らない、と思えただけでも自分の中では緊張が緩むようなことだったんだと思う。
Beats de Roots という場所で五つの要素はこうです、アーユルヴェーダはこうですなんて言うような知識や経験を自分が持っているわけではない。教示するなんて立ち位置に自分を置きたいわけでもない。だけど、自身やこの世界を理解したいのに、何かしっくり来ないという人がいるなら、こういう考え方もあるし、こうやって自分を観察することで自分の扱い方を理解しようとする人間もいるとシェアすることで、新たな人との繋がり方が生まれるかなと、そういう考え方や想いをシェアできる人と今後の人生を共にしたいし、そういう場を作りたいと思っている。
私の中で音楽というのはただの仕事というより、自分の在り方を問い続けるための道であり、この人生を生きるための修行の形とでも言うのだろうか。どこかの時代に修行僧であり、武士であり、アーユルヴェーダの医師であったと言われる自分の魂の癖はそんな簡単には抜けないらしい。それが本当だとか科学的に証明できるかどうかとか、そんなことは本当にどうでもよくて。ただこの世の成り立ちを自分なりに解釈し、それを音楽という形で世に出すことがこれから自分にとっての更なる楽しみになるんだろうなと思っているし、それを共有できる人と出会えるといいなと思っている。それがアートというものであろうし、どういう形のアウトプットであれ、そうやって意識的に生きる人生そのもの、その過程そのものがアートだろう。全ての経験はそれを経て自分が何を感じ、どう考え、どう反応し、次の自分を作っていくかのためにある。
そして全ての出来事は、かつての自分が何を感じ、どう考え、どう反応したかの賜物。
それならば、それを分析して理解して、次への糧にすることも大事なのと同時に、それに善悪などの判断をくだすことなく、ただそのカオスを観察し、受け入れることも大事な気がした。
その考えを元に、自分の力を取り戻して、このカオスな世の中で愛を選択して生きていこうという、これが自分の決意。
音楽というのが自分を知るツールだと捉えて生きる音楽家として、その道のりと試行錯誤を通して、見る人がその人自身と繋がる方法が見えてくるといいなという希望。
その過程をあなたと共有することができたら、とても嬉しい。
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